富山大學
大学設立 | 1949年:富山大学 |
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設立母体 | 1875年:新川縣師範学校 1893年:共立富山藥学校 1923年:縣立富山高等学校 1924年:高岡高等商業学校 1944年:高岡工業專門学校 1975年:富山医科藥科大学 1986年:高岡短期大学 |
学校種別 | 国立 |
設置者 | 国立大学法人富山大学 |
校長 | 远藤 俊郎 |
本部所在地 | 〒930-8555 日本富山縣富山市五福3190 |
校區 | 五福校區 - 富山市五福 杉谷校區 - 富山市杉谷 高岡校區 - 高岡市二上町 |
学部 | 人文学部 經濟学部 理学部 工学部 人類發達科学部 医学部 藥学部 藝術文化学部 |
大学院 | 人文科学研究科 經濟学研究科 理工学研究科 教育学研究科 医学系研究科 藥学研究科 |
網站 | 富山大学官方網站 (页面存档备份,存于互联网档案馆) |
富山大学(とやまだいがく,University of Toyama)位于富山县富山市五福3190番地的日本国立大学。
富山大学是在1949年,由富山高等学校、富山师范学校、富山青年师范学校、富山药学专门学校、高冈工业专门学校等学校合并而成的,当时设有文理学部、教育学部、药学部、工学部等4学部。1975年,药学部移到新设的富山医科药科大学。
随着国立大学的独立行政法人化,与同县的富山医科药科大学・高冈短期大学等合并。
排名
历史
- 1873年(明治6年) 以培养教员为目的的“新川县讲习所”成立(后来的教育学部)
- 1875年(明治8年) 改称新川县师范学校
- 1894年(明治26年) 私立的共立药学校成立(后来的药学部),是由富山市的补助金和富山县内多数制药公司的捐款设立的。
- 1898年(明治31年) 根据文部省令,成为富山县立师范学校
- 1910年(明治43年) 共立药学校成为富山县立药学专门学校,同年建成药草园
- 1920年(大正9年) 搬迁至富山市奥田,成为官立富山药学专门学校
- 1923年(大正12年) 为纪念昭和天皇结婚,本地渔船制造商的妻子马场はる子向学校捐献100万日元作为高等学校设立事业费(后来的人文学部、教养学部)。同年,富山县向文部省申请设立公立7年制高等学校,得到批准
- 1924年(大正13年) 官立高冈高等商业学校成立(后来的工学部)。同年,旧制富山高等学校普通科开学
- 1925年(大正14年) 旧制富山高等学校高等科开学
- 1936年(昭和11年) 富山县立青年学校教员培养所成立
- 1943年(昭和18年) 富山县立师范学校升格为专门学校富山师范学校
- 1944年(昭和19年) 富山县立青年学校教员培养所成为富山青年师范学校。同年,废止高冈高等商业学校,改组为高冈工业专门学校
- 1949年(昭和24年) 根据国立学校设置法,合并为富山大学
- 1975年(昭和50年) 药学部分离到富山医科药科大学
- 2004年(平成16年) 根据国立大学法人法,成为国立大学法人
- 2005年(平成17年) 与富山医科药科大学、高冈短期大学合并成新“富山大学”
校区
- 五福校区(全学部)
- 教育学部附属教育设施在五福校区西北500米处的富山市五艘。以前在高冈市设有工学部,后搬迁至五福校区内。
学部・学科
- 人文学部
- 人文学科
- 国际文化学科
- 语言文化学科
- 理学部
- 数学科
- 物理学科
- 化学科
- 数学科
- 生物学科
- 地球科学科
- 生物圏环境科学科
- 教育学部
- 经济学部
- 经济学科
- 经营学科
- 经营法学科
- 工学部
- 电气电子系统工学科
- 智能信息工学科
- 机械知能系统工学科
- 物质生命系统工学科
大学院
- 人文科学研究科硕士课程
- 教育学研究科硕士课程
- 经济学研究科硕士课程
- 理工学研究科博士前期课程(理学系专业、工学系专业)
- 理工学研究科博士后期课程
研究所
- 地域共同研究中心
- 生涯学习教育研究中心
- 其他
其它附属设施
- 教育学部附属设施
- 富山大学附属幼儿园
- 富山大学附属小学校
- 富山大学附属中学校
- 富山大学附属护理学校
- 富山大学附属图书馆
- 『ヘルン文库』:旧制富山高等学校时代,小泉八云的遗属将其所有书籍捐赠给学校,数量有数千册。
- 黑田讲堂:为充实富山县的高等教育、由富山县出身的实业家黑田善太郎捐款建造的讲堂。
著名教授
著名校友
参考来源
- ^ CWTS Leiden Ranking 2014 - Ranking 2014. [2015-06-03]. (原始内容存档于2015-05-11).